遺伝子工学や拡張現実が究極に発展した近未来を描いたSF作品だ。なんともスピード感のある文体で、一挙に読んでしまった。まあ多分それがこの作品の正しい読み方なんだろう。娯楽作品としてはなかなかよくできている。
とはいえ、読後感としてはちょっと物足りない。個性的な登場人物の設定は面白いが、それが十分に生かされていない。肝心の主人公は良くも悪くも平凡な男で、全編を通して受動的だ。まあ、この辺は好みの問題だろう。
目新しい技術用語が次々と出てきて面食らった人も多かったようだが、それによって作品の舞台がどんな世界なのかが描かれている。SF作品に多い手法だが、記述がくどすぎてわざとらしさが前面に出てきてしまっているのがちょっと残念だ。最新のCG映像をこれでもかってほど見せつけられるだけで内容の薄い、最近よくある映画を見ているような印象を持った。
内容とは別にこの作品の特徴としては、最初から電子書籍として書かれていて電子書籍としてのみ、しかもほとんど個人出版のような形で出版されていることだろう。海外ではすでに電子書籍の個人出版でヒットを飛ばした作家が何人も登場しているが、日本では先駆的な作品じゃないかと思う。こういう作品がこれからどんどん出てくることを期待したい。